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静岡地方裁判所 昭和51年(行ウ)10号 判決 1978年10月31日

原告 長野時男

被告 富士市建築主事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  静岡県建築主事松本宗作が訴外藁科悦老に対し昭和五一年一月二〇日付第七五一〇号をもつてなした建築確認処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の申立)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の申立)

主文同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  訴外藁科悦老は静岡県富士市天間七〇六番地一、同番地一二の土地に鉄骨造平家建ガレージ等二六・八五平方米の建物(以下「本件建物」という。)を増築するため静岡県建築主事松本宗作に対して建築確認申請をしたところ、同建築主事は昭和五一年一月二〇日付第七五一〇号をもつて右申請に対し建築確認処分をなした。

二  しかし、右確認処分は次の理由で違法であり、取消さるべきものである。

1 訴外藁科悦老は本件建物を増築するに際し、民法二三四条に定められた建物を建築するばあいには隣地境界線から五〇センチメートルの距離を設けなければならないとの規定に違反して、隣地境界線と本件建物との壁面に五センチメートルの間隙を設けたのみで、境界線間際まで本件建物を建築した。ところで、建築基準法は民法の特別法であり、建築基準法に規定がないばあいには民法が適用されるべきであると解されるところ、境界近傍の建築制限に関し、本件のように建築基準法に規定が存しないばあいには、民法二三四条が適用されると解するのが相当である。従つて、右規定に違反して建築された本件建物に対する同建築主事の建築確認処分は、法規違反の事実を無視した違法な処分である。

2 同建築主事は、訴外藁科悦老が本件建物着工前に建築確認を得なければならないにも拘らず、確認を得ないで着工し竣工させた後に、同人に対して本件建築確認をなしたものであるが、右処分は次の理由で違法である。

(一)建築主事松本は、同訴外人が建築主に対し着工前の確認を義務づける建築基準法六条一項の規定に違反している事実を無視して本件確認処分をなした。

(二)原告は、同訴外人が、本件建物の建築に着工した後の昭和五〇年五月ころから、再三にわたり、同建築主事に対し、同訴外人が民法二三四条に違反して境界線間際まで建物を建築中である旨申し述べ、更に同年一二月一八日には、静岡県富士土木事務所に赴き、同所係員に対し、同訴外人が建築確認申請の手続を経ないで本件建物を建築している旨述べ、その際、確認申請のない事実について証明の交付を求め、更に建築基準法九条に定める工事中止命令などの措置を講じるよう申し入れたのであるから、同建築主事は、同訴外人の事前着工の事実を知つていたにも拘らず、何らの調査も行わず、また、建築基準法九条に定める工事中止命令を出すこともなく、そのまま放置して本件建物を竣工せしめた。従つて、本件処分は建築基準法九条に定める手続に違背した違法な処分である。

3 建築主事松本は、本件建物が建ぺい率に関する建築基準法の規定に違反した違法な建築物であることを看過して本件確認処分をなし、右違法状態を一年二か月余の間放置した。すなわち、本件建物はその敷地上の既存建物に増築されたものであるが、本件建物の増築により建築基準法五三条一項二号の規定に違反する状態が生ずるものであるところ、訴外藁科悦老は、本件建物竣工間際になされた建築確認申請の際、添付図面に既存建物の一部である本件建物の敷地の北西隅の物置を故意に記載しないで同建築主事に提出した。同建築主事は、本件敷地上に、建築確認申請書添付図面に記載のない既存建物が存在すること、本件建物の増築によつて建ぺい率に関する前記建築基準法の規定に違反する状態が生じたことを看過して本件確認処分をなした。更に同建築主事は本件確認処分から一年二か月余経過した昭和五二年三月三〇日に既存建物の一部の除却がなされるまでの間、右建ぺい率違反の状態が存続するのを黙認したまま放置した。

4 訴外藁科悦老は、建築確認申請の際提出した図面に、本件敷地の東北角にある水路及び北側の水路敷がいずれも官有地であるにも拘らず、本件敷地の一部であるかのような記載をなし、また、右図面に、本件敷地の周囲の各辺の長さにつき、公図のそれより数メートル長い距離を記載し、以上の虚偽の図面に基づいて本件建物の敷地面積の求積をなしたものであるところ、同建築主事は右の虚偽記載の事実を看過して本件確認処分をなしたものである。

三  原告は、本件建物の敷地である富士市天間七〇六番地一の南側に隣接する同七〇六番地一五、同七〇六番地一〇の両土地にまたがつて建てられている家屋を所有し、居住しているものであるが、本件建物は右七〇六番地一五との境界線間際まで建築されているため、右境界線上にあつて、原告が管理している農業用排水路に本件建物から雨水及び生活用排水の一部が排出されており、また、原告は、火災時の延焼の不測の危険にさらされ、原告居住家屋の北側の眺望は害され、同訴外人が本件建物内で営むブリキ加工の騒音の被害を受け、本件建物修繕の際に原告居住家屋の敷地部分を侵害される危険を有する。よつて、原告は本訴により本件確認処分の取消しを求める法律上の利益を有する。

四  原告は昭和五一年三月一〇日静岡県建築審査会に対し、本件確認処分取消を求める審査請求申立をなし、同建築審査会は、同年一一月五日、右申立を棄却する旨の裁決をなした。

五  富士市の建築物に対する建築確認に関する事務は、昭和五三年四月一日、静岡県建築主事から富士市建築主事に承継された。

よつて、原告は本件建築確認処分の取消を求める。

(本案前の主張)

原告は、行政事件訴訟法九条にいう「当該処分の取消を求めるにつき、法律上の利益を有する者」に当たらないから本件訴えは不適法として却下さるべきである。

一  原告は本件確認処分について直接その相手方となつているものではなく、いわゆる第三者に当たる。

二  訴外藁科悦老が、本件建物の工事着工前に建築確認を得たか否かは原告の法律上の利益に関係ないことである。

三  建築確認行為は建築基準法及びその下位の法規の適合性の審査に限られるものであつて、民法の相隣関係の規定の適否に及ぶものではなく、却つて、建築基準法及びその下位の法規以外の他の法令の目的を考慮することは慎しまなければならないと解せられるから、仮に、本件建物の建築につき、民法の規定が遵守されていないとの事実があつたにしても、そのことは、本件訴えにおける「法律上の利益」には当たらない。

(請求原因に対する答弁及び被告の主張)

一  請求原因第一項は認める。

二  請求原因第二項の、本件建築確認処分が違法であり取消さるべきであるとの主張は争う。

1 請求原因第二項の1について

本件建物の敷地の南側の境界線と本件建物の南側の壁心との間には、約二〇センチメートルの間隙が存在する(ただし、本件建物の南側の壁面との間は、壁の厚さの二分の一だけ狭くなることになる。)。

本件敷地は、防火地域、準防火地域のいずれでもないから、建築基準法には境界近傍の距離に関する制限規定は存在しない。建築基準法が民法の特別法であるかどうかは別にして、建築確認をなすに当たり、民法上の隣地近傍の距離制限などの相隣関係の規定に当該建築物が適合するか否かは、審査の対象に含まれるものと解することは相当ではないから、仮に民法上の規定の不遵守があつたとしても、確認処分の違法を招来するものではない。

2 請求原因第二項の2について

昭和五〇年一二月一八日、原告が建築主事松本に対して、訴外藁科悦老が本件建物につき確認申請をしていない旨の証明の交付を求めたことは認める。原告の右申立てにより、建築主事松本は、同訴外人の、本件建物の事前着工の事実を知るに及び、同月一八日、同建築主事の属する静岡県富士土木事務所の係員が本件建物所在地に赴き、本件建物が既に建築済であること、また、未確認建物であることを現認し、同訴外人に対し呼出しのための通知書を交付し、同月二五日、同訴外人に対し、始末書を提出させて反省を促し、また、確認申請をなすよう指導したところ、同訴外人は、昭和五一年一月六日、右申請を経由機関である富士市長に提出し、同月二〇日、同建築主事において、申請のあつた本件建物につき確認処分をなしたものである。違反建築物について、建築基準法九条に定められている是正措置のうち、未確認建物についての場合は、その建物が基準に適合していない場合の措置は別として、基準に適合している以上、建築主に対し、確認申請をなすよう指導することが最も妥当な措置というべきである。従つて、同建築主事が工事中止命令の措置をとらなかつたからといつて、建築基準法九条に違反していることにはならない。また、同法六条によれば、建築主は着工前に確認申請をなすことが予定されているが、事後に提出された申請であつても、建築確認行為は、建築基準法上の要件を備えている申請に対しては必ず確認をなすべき覊束行為であると解されるから、その申請が法規に適合している以上確認をなすべきであり、建築主が一たん着工した当該建築物を除去した上でなされた申請に対してでなければ、建築確認処分をなし得ないものと解することはできない。従つて、事前着工した本件建物に対し確認処分をなしたことは、右処分の取消事由とはならない。

3 請求原因第二項の3について

訴外藁科悦老が本件建物の建築確認申請時に提出した添付図面に、既存建物の一部である北西隅の物置を記載していなかつたこと、昭和五二年三月三〇日までの間、建ぺい率違反の状態があつたことは認める。

建築主事松本は、同訴外人が提出した図面によれば、申請部分が、既存建物部分との関係において、建ぺい率に関する建築基準法の規定に適合していたので、確認をなしたものである。建築確認は、申請書類の審査で足りるものと解されるから、本件審査手続に違法は存しない。

また、同建築主事が、昭和五二年三月までの間、建ぺい率違反の状態を放置したとの原告の主張について述べると、昭和五一年三月、原告から本件確認処分は建ぺい率違反の事実を看過したものであるとの指摘があつたので、富士土木事務所の係員において現地調査をなしたところ、建築確認申請の際の添付図面に記載のない既存建物が存在するため建ぺい率違反の状態が生じていることが判明したため、同建築主事は訴外藁科に対し、右の図面に記載のない部分につき除却するよう指導した。同訴外人は、昭和五二年三月三〇日、右部分を除却したので、本件確認処分の瑕疵は治療され、違法状態は存しないのであるから、本件確認処分当時、建ぺい率違反の事実が存していたことをもつて、本件確認処分取消の理由にはならない。

4 請求原因第二項の4について

訴外藁科が、官有地である水路及び北側の水路敷を侵奪しているとの原告の主張は争う。右水路敷は官有地ではなく、昭和五年以前大蔵省の土地であつたところ、その後私有地となつたものである。

また、訴外人の申請書添付図面において、本件敷地の周囲の距離につき、公図と異なる虚偽の長さを記載し、敷地求積を偽つたとの原告の主張については、本件敷地の登記簿の面積が三四三・三六平方米、訴外人提出の図面の本件敷地の面積は二九六・〇六三平方米となつており、このことから、現況と、公図により求積された敷地面積との間にも差異があることも当然に予想され、また、縮尺六〇〇分の一の公図写をもつて、本件敷地の現況を論ずることも妥当であるとはいえない。建築主事松本が訴外藁科悦老が申請時に提出した敷地面積の求積に基づいて本件確認処分をなしたことに何ら違法は存しない。

三  請求原因第五項は認める。

第三証拠 <略>

理由

一  本案前の主張について

原告の訴えの利益について検討するのに、建築基準法六条には、建築主が同条一項各号に該当する建築物を建てる場合には、当該工事着手前に、当該工事の計画が当該建築物の敷地、構造、建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合することについて、建築主事の確認を受けなければならない旨を規定しているが、この趣旨は、同法一条に定めるとおり、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することをその目的とすることは明らかである。これは当該建築物の建築主のみならず、近隣居住者の生命、健康、財産をも保護の対象としているものと解すべきであるから、本来、建築確認を得られないはずの違法建築により生活環境上の悪影響や火災の危険などをこうむる近隣居住者は、違法な建築確認処分の取消しを求める法律上の利益を有するものと解する。

本件においては、原告が、本件建物に隣接する家屋の居住していることは被告において明らかに争わないところであり、本件建物につき建築確認をなすべきでない法違反があつた場合に、原告の生活環境に悪影響を与え、原告が火災等の危険にさらされるおそれがいずれもないとはいえないのであるから、原告は、本件建築確認処分の取消を求めうる法律上の利益を有するものと認めるのが相当である。

二  本案についての判断

1  静岡県建築主事松本宗作が、昭和五一年一月二〇日付第七五一〇号をもつて本件建物の建築確認申請に対し建築確認処分をなしたこと、昭和五三年四月一日、富士市の建築物に対する建築確認処分をなす権限が、静岡県建築主事から富士市建築主事に承継されたことは当事者間に争いがない。

そこで原告主張の本件処分の各瑕疵の有無について判断する。

2  民法二三四条に違反する建物につき確認をなしたことが違法であるとの主張について

本件建物の南側壁面とその敷地の南側境界線との間隔が五〇センチメートル未満であることは当事者間に争いがない。右は民法二三四条に反するものである。

ところで、建築基準法及びそれに基づく命令、条例において定められた建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する諸規定は、行政庁が同法一条に宣言された目的を実現するため、建築確認や違反建築物に対する是正措置をなす際の最低の基準を定めたものである。従つて、建築主事は建築確認にあたり、申請にかかる建築物が技術的見地からして同法一条の目的の実現のために定められた諸規定即ち建築基準法及びそれに基づく命令・条例に適合しているかどうかを審査する義務のみを負うものであつて、右各規定以外の他の法令の適合性まで審査する義務や権限を有するものではないと解すべきである。

従つて、当該建築物が私人間の権利義務を定めた民法に適合するか否かの判断は建築主事の権限の範囲に含まれるものではない。また、境界近傍の建築物の距離制限について建築基準法に規定がない場合、相隣者相互間の権利義務を定めた民法の規定が行政庁の建築確認や違反是正措置の基準となるものと解するのは相当でない。

してみれば、本件建築物が民法二三四条に違反していることは、本件確認処分の違法を招くものとはいえない。

3  建築基準法六条、九条違反の主張について

建築基準法六条一項、五項によれば、建築主は、同条一項各号に該当する建物を建築する場合には、その着工前に建築確認を受けなければならず、建築確認を受けないで工事をすることができないとの定めがあるところ、訴外藁科悦老が、本件建物の建築着手前に確認申請をなさず、確認処分を受けなかつたこと、建築主事松本が本件建物着工後に至つて同訴外人からなされた確認申請に対して、本件確認処分をなしたことは当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、静岡県においては、建築監視員又は建築監視の業務に従事する吏員は、静岡県建築監視員執務要領に従いその業務を行うものであること、監視員等が違反建築物を発見した場合は、右執務要領第二条、第三条、第四条に定めるとおり、違反内容に応じて適切な措置を行なうこととし、このうち、未確認着工の手続違反については、建築主等に、期日を限つて確認申請の手続をするよう指示し、違反内容の比較的軽易なものに対しては、是正の期日を定めた誓約書を提出させる等の措置をとつていることが認められる。<証拠略>によれば、本件建築確認当時、静岡県富士市の建築物の建築確認は、静岡県富士土木事務所建築主事松本宗作が担当していたこと、昭和五〇年一二月一八日、原告が右富士土木事務所において、同事務所に勤務する静岡県の吏員に対し、本件建物は未確認のまま工事が行われていること、及び隣地境界線間際に至るまで建築がなされていることを申し立てたので、同日、同事務所に勤務する吏員榛葉利明が本件建物の現場に赴き、本件建物が未確認であることを現認したうえ富士土木事務所建築主事名の、建築基準法六条一項違反を理由とする呼出の通知書を本件建築現場に居た訴外藁科悦老の家人に対して交付したこと、同月二五日、訴外藁科悦老が富士土木事務所に出頭し、その際、同事務所の吏員が同人に建築確認申請を出すよう指導したこと、その後同人から同日付の始末書の提出を受けたこと、昭和五一年一月六日付で同人が確認申請をなしたこと(同日付で同人が確認申請をなしたことは当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められる。

ところで、建築基準法九条一項には、建築基準法及びそれに基づく命令・条例に違反した建築物について、特定行政庁は建築主らに対し違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる旨の定めがあるが、この命令は、同条二項ないし六項に定められた慎重な事前手続を経た後になされるものであり、建築基準法に規定された是正措置の中核をなすものということができるが、しかしながらこの命令を発する時期や、その内容については、特定行政庁の自由裁量に委ねられていることは法文上明らかであり、右命令を発する前に特定行政庁が他の適切な是正措置をとることを禁ずる趣旨のものではない。ところで、建築基準法六条の確認を受けない建築物の着工禁止の規定に関する違反の是正について、静岡県において行われていることが認められる前記同県建築監視員執務要領記載の措置は、無届建築の是正措置として建築基準法に違反する規定であると解することはできず、右執務要領に則つてなされたものと認められる静岡県富士土木事務所吏員の措置に違法はない。そして、右吏員の指示に従つてなされた訴外藁科悦老の確認申請に対する建築主事松本の本件確認処分には違法はなく、また、特定行政庁が建築基準法九条一項の命令、とりわけ、工事中止命令を発しなかつたことにより、本件確認処分が違法な処分となるものでもない。

4  建ぺい率違反の主張について

訴外藁科悦老が本件建物の建築確認申請の際、建築主事松本宗作に提出した図面に、本件建物の敷地部分に当時存在した既存建物の一部である北西隅の物置を記載しなかつたことは当事者間に争いがない。<証拠略>によれば、本件建物の所在地は工業地域に属することが認められるから、建築基準法五三条の建ぺい率に関する規定によれば、本件敷地上の建築物の面積は本件敷地の面積に対して六〇%以下でなければならないところ、本件建物の建築により建ぺい率が六〇%を越えるに至つたことは当事者間に争いがない。また、訴外藁科悦老が、本件建物の敷地上の既存建物のうち、前記北西隅の物置を昭和五二年三月末ころ除却したこと、右除却により前記の建ぺい率違反の状態が消滅したことも当事者間に争いがない。

ところで、建築主事の確認は、確認申請書に明示されている事項について、申請建築物の計画が建築基準法などの法令が定める客観的基準に適合するかどうかを判断するものであつて、右建築確認に際し、建築主事は、申請建築物の敷地を現地調査することは要件ではなく、申請書の記載と現地の状況が合致していなかつたとしても、これにより、建築確認処分自体が直ちに違法となるものではない。従つて、建築主事は、申請書及び添付書類の審査の過程において、申請の不実過誤を発見しうる特段の事情の存在した場合を除き、書類等によつて判定しえない事項については、設計者ないし申請者の責任に委ねられているものと解するのが相当である。

本件においては、昭和五〇年一二月一八日、静岡県富士土木事務所吏員榛葉利明が本件建物の現場に赴いたことは前記認定のとおりであるが、<証拠略>によれば、榛葉利明は、本件建物が未確認であること及び境界一杯に建てられていることにつき、原告から前同日申立てがあつたため、未確認建築の違法の是正措置を講ずる目的で現地に赴いたものであり、その際、建ぺい率違反は問題となつていなかつたので、同人は本件建物の敷地全体につき見聞せず、北西隅の物置も現認しなかつたため、建ぺい率違反の状態が生じていた事実には気が付かなかつたものと認められる。従つて、同人が建築現場に赴いた事実をもつて、松本において申請書類の審理の際、申請の不実過誤を発見しうる特段の事情が存在したものと認めることはできず、他に特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。<証拠略>によれば、訴外藁科悦老の申請書添付図面には、既存建物の一部である北西隅の物置の記載がなく、又、右図面中の求積の項には、本件敷地の面積として二九六・〇六三平方メートル、既存建物及び本件建物の合計面積として一七一・八六〇平方メートル、建ぺい率五八・〇四%との数字が記載されていることが認められ、右は建築基準法五三条に適合するものであるから、建築主事松本が右書類により建ぺい率の合否を審査したうえ、法に適合するものと判断した点につき、違法は存しない。

なお、<証拠略>によれば、昭和五一年三月ころ、建築主事松本は原告から、本件建物の建築により建ぺい率違反の状態が生じた旨の指摘を受け、ただちに現地に赴き、本件建物の建築確認申請の際提出された書類に記載のない既存建物である北西隅の物置があることを現認したので、訴外藁科悦老に対し、建築確認処分をなした通知書の図面どおりに既存建物の一部である北西隅の物置を除却するよう行政指導したところ、同訴外人の側の事情でただちには除却がなされず、昭和五二年三月末に至つて、同訴外人が右の物置を除却したこと、それにより、建ぺい率違反の状態は消滅したことが認められる。ところで、違法な建築物につき、違反を是正するために特定行政庁がとりうる必要な措置については、当該行政庁の自由裁量に委ねられているものであることは前示説示のとおりであるところ、同建築主事が建ぺい率違反の状態に対し、訴外藁科に、既存建物の一部である物置を除却するよう行政指導を行い、同人により除却がなされ、違法状態が是正されるに至つたこの一連の措置は、右の自由裁量の範囲内の措置と同視すべきものと認められるから、松本が一年余にわたり、除却命令を発した上で除却をなさなかつたことをもつて、違法であるということはできない。

5  確認申請の図面に虚偽記載がなされているのを看過したとの主張について

まず訴外藁科悦老が本件建築確認申請の際提出した配置図の本件敷地の周囲の各辺の長さにつき虚偽の記載があつたとの主張につき検討すると、<証拠略>によれば、本件敷地の周囲の長さにつき東側の一辺を例にとれば公図には一五メートル、配置図には一七メートル(市川の証言では一七・三〇メートル)に相当する長さの線が描かれていることが認められ、両者に相異のあることが認められる。ところで建築基準法施行規則一条によれば、申請付属図面中に附近見取図及び配置図を提出すべきものとされ、右のほかに格別当該建築物の敷地の登記簿謄本や地積測量図等の提出は要求されていない。従つて<証拠略>によれば、本件申請の際、公図写が提出されていることが認められるが、これは右の附近見取図の趣旨で提出されたものと認められる。建築主事が建築確認の審理をなすのは、提出された書面に基づく書面審理であるところ、<証拠略>によれば、訴外藁科悦老は、本件申請の際配置図及びそれに基づく敷地求積を提出したことが認められ、右図面等に仮に虚偽の記載があつたとしても建築主事松本が、これらによつて建築確認の審査をなしたことにつき何ら違法は認められない。また、同建築主事が、本件申請の際提出された公図写に基づいて、本件敷地の求積の真偽を審査しなかつたとしても、本件確認処分が違法となるものではない。

また、本件申請にあたり、訴外藁科が、官有地である水路及び水路敷を同訴外人の敷地であるような虚偽の記載をなした図面を提出したことにつき同建築主事が看過した旨の主張につき検討すると、建築確認に際し、建築主事がその敷地の所有権、使用権の有無を調査することは要件ではないものと解されるから、仮に申請書の記載と真実の権利関係が合致していなかつたとしてもこれにより建築確認の処分が違法となるものではない。従つて、同建築主事が確認申請書に明示されている事項について右申請書の記載に基づき、法令に適合するかどうかを判断したと認められる本件確認処分には違法は認められない。

よつて、本件確認処分には原告所論の取消事由は存在しない。

三  以上の次第であり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松岡登 紙浦健二 稲葉耶季)

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